2020年新テスト実施を控えた今、大学入試の近未来を展望する。入試改革で変貌する大学  駿台教育研究所  進学情報センター センター長  石原賢一氏

  今回は、駿台教育研究所 進学情報センター 石原賢一センター長にお話を伺いました。
石原氏は長年にわたり大学入試対策をされてきている、いわば受験のプロフェッショナルです。
  前半では今年のセンター試験の傾向や人気の高い学部の系統やエリアの傾向について、後半は今後の入試改革までの見通しや、その後に予想されることについて、 解かりやすく説明していただきました。 インタビュー前半

■センター試験

不透明だった文系理科の傾向が見え、国立志望の現役女子が戻る

2016年度のセンター試験志願者数では、現役生が増えました。特に女子がすごく増えた。実は、15年度は卒業する高校生は増えたのに、現役生の志願者数は減りました。理由は、15年度はカリキュラム改訂期で数学と理科が新課程に変わったにもかかわらず、それによってどんな問題が出るのかということを、大学入試センターが詳しく発表しなかったためです。特に文科系の理科が2科目になり、高校の先生もどんな問題が出るか分からないため、旧課程の理科2科目の出題を想定して準備をした学校が結構多かった。それが受験生に負担感を与え、敬遠したと考えています。

対して16年度は、前年度に一度経験したことで傾向が見えたということもあり、私大文系に逃げてしまった女子が国公立大学に戻ってきた。現在は都市部でも、国公立大志向が強いようです。少人数でコンパクトな規模というのが魅力かもしれません。少子化の時代では、都市部にあるマンモス私立大学の中で、居場所が見つけられない高校生も増えています。だから、国公立大学は彼らにとっては喜ばしい存在なんです。教員1人当たりに対する学生数が少ない、また、多くの合格者の学力が、センター試験の成績である一定レベルの範囲なので、入学しても話が合いやすいんですね。ただ、15年度はカリキュラムの移行という特殊事情があって、志願者が減りましたが、16年度はセンター試験が増えた。ですから、16年度のセンター試験を受験する現役生は、“手の内”が見えているだけに、きちんと準備できた人が勝つ入試だと言えるでしょう。

■志望系統

理系の科目負担が嫌われ、文系不人気が底を打つ

駿台教育研究所進学情報センター センター長 石原賢一氏 志望系統としては、全体的には文科系の不人気が底を打った。最大の理由は、理科系にへのハードルが高くなったからです。マスコミでは景気が回復したからだと報道していますが、それだけではありません。ただ、極端に景気が悪いと保護者に「経済・経営・商学部系に進んでも、将来どうなの?」という思いがあり、そのため受験生も行きづらくなる。しかし今は、そういう状況ではありません。首都圏や大都市部では少し景気が良くなっているかもしれません。しかし、それ以上に大きかったのは、理科系の科目負担増です。理科系に進もうと思うと、センター試験では旧課程と比べ、理科は2倍も分量が増えている。旧課程の理科なら、物理、化学、生物の前半部分だけをやっていれば、センター試験は受けられた。そして、個別(2次)試験までに残りの後半部分を完成されば良かったんです。しかし今は、理科系ならセンター試験までにすべて高等学校で習う分野を完成させる必要がある。だから、理科の負担が厳しいために、文科系に戻ったわけですね。

その一方で、成績上位層の理科系志望者は減少していません。東京大学、東京工業大学、東北大学、京都大学クラスの志望者ですね。理科の科目負担の影響を受けて理科系志望を回避しているのは、中間層の受験生です。文科系に対する世の中全体の向かい風は、今吹いていない。反対に受験では理科系に向かい風だから、理科系をやめて文科系に行こうという感じです。文系では、国公立も私立も経済・経営・商学部系に人気が集まっています。ただ、それがそのまま難しくなった、大変になったというわけではありません。理科系もちょっと減ったからといって、楽になっているかと言えば、文科系に回ったのがどちらかと言えば学力が弱い層なので、全体の難易というのは、そんなには変わっていないでしょう。

理科系は工学、建築・土木系が人気、理学・薬学系は敬遠される傾向に

理科系は特に人気を下げているは理学部、薬学部です。最近の良い話題と言えば、発光ダイオードとか工学系のほうが多いわけです。要するに話題になるものが多い。工学系の中でも人気が高いのは、ロボットを作るような機械工学、それから2020年東京オリンピック・パラリンピックのためだったり、数十年前に作った道路や橋といった社会インフラの再構築がありますね。ここに対する社会的需要は非常に高いだろうというので、集まっている。16年度はそれに加え、電気・電子・通信系がちょっと人気が高い。これは、自動車の自動運転の実用化に向けた取り組みの影響もありそうです。通信やセンサー、電気・電子技術の話題が多くなれば、それを見た若者たちは「面白いな、やってみようか」と興味を持つわけですね。逆に今、人気が意外に低いのは、化学系です。ノーベル賞も物理学賞ばかりですし。やはり、マスコミなどでよく取り上げられる分野が人気になります。ただ、実際には、この先の技術のことなんか誰も分かりません。4〜5年前は化学系がすごく人気が高かったんですよ。

受験生たちの気持ちは“ニュートラル”です。情報がたくさん出ている分野に興味を持つことが多いから、その分野が学べるところへ行くのが多い、ということです。また、保護者の方のサジェスチョンがないとは言えないでしょう。保護者の方は社会を分かっていますからね。16年度の受験生を例にとれば、彼らは16年4月に入学しますから、卒業するのは20年の3月。ならば、まだオリンピック絡みであったり、その後もリニア新幹線だったりとか、いろいろ出てくる。そういう分野がいいと思っているでしょうね。社会インフラの見直しということでは、災害、防災も含めて建築・土木系も人気が高いですね。環境対策と言う面でも注目されています。

薬学系の人気が低下している理由の一つは、薬剤師が若干過剰気味だということ。それと、薬剤師国家試験の合格率が悪くなっている。慶應義塾大学、東京理科大学、北里大学など伝統校は良いのですが、新設の薬学部が厳しいですね。

経済・経営・商学系が復権、グローバル系には志願者大幅増の予感

文系については、特に上位校で経済・経営・商学系で復権が大きいです。というのは、ここ数年間は、ここは保護者の力が大きいと思うのですが、やはり就職とか費用対効果、給与水準が理科系を出るのと文科系を出たのとでは生涯給与がかなり違うという話があったんですね。ところが、理科の負担が重くて行けなくなった層がいる。そのとき、経済・経営・商学部系が良い受け皿になったんです。ここしばらく、経済・経営・商学部系は人気がなかった。法学部は法曹界の魅力がなくなった。昔は文科系の弁護士、理科系の医師などと言われましたが、今は弁護士になったからといって、弁護士事務所にすら就職がなかなかできない。

また、今は入学定員規模がまだ小さいので、ちょっと増えると、どーんと志望者指数がアップする感じなのがグローバル系です。今度、千葉大学に新設されますが、これは志望者が集まるでしょう。ただ、地方に作っても厳しいかもしれません。対して、都市部では違います。MARCHクラスや、関西の私立大学のグローバル系は人気が高いです。今度、学習院大学が国際社会科学部を作ったり、近畿大学が国際学部を作りますが、やはり模試でも人気が高いですね。

ここまでを整理すると、文系が復権している理由の一つは、理系のハードルが高くなったということです。その受け皿として一番機能しやすいのが経済・経営・商学部。それと、都市部においてはグローバル系です。17年度に九州大学が国際教養学部を作りますが、たぶん人気が出ます。福岡は国際都市ですし、福岡市自体も非常に人口が増えていますしね。

■地域的な傾向

強い地元志向がある一方、関東⇔関西の受験者が増えている

受験 地理的な傾向で言えば、地元志向が強い。これは国立・私立問わず、です。少子化は地方も一緒です。少なくとも今、県庁所在都市や中核市では、そこに残したほうがいいわけです。だから、保護者は出さないわけです。もう一つ傾向があるとすれば、関東から関西の大学を受ける。関西から関東の大学を受ける人は増えている。首都圏の1都3県と、京阪神間の流動は一時よりも多くなっています。例えば京都大学を志望する関東圏の受験生は増えているし、東京大学を志望する関西圏の受験生が増えています。

ただ、地元志向が強いといっても、人口減が激しいから志願者が増えない。地方で人気が高いのは、地元で就職が見つけられる系統です。メディカル系ですね。上位層は医学部、以下、看護や医療技術系です。入試科目も非常に厳しいし、たくさんの科目を課しています。地方の文科系では教員養成系。ただ、教員も地方では余ってきています。あとは地方公務員、地方銀行、農協などでしょう。

理科系は地方でも受け皿があります。メーカーが工場進出していますから。だから、地方の工業系の単科大学、東北工業大学とか広島工業大学、福岡工業大、金沢工業大学は難しいですよ。人も集まっていますし。反対に、文科系は易しくなりました。かつて地方の上位校だった南山大学や修道大学、西南学院大学は易しいです。

「クルマで5時間」の範囲で、受験生は動いている

各地方では、その地方が属するブロックの中での戦いになっています。関東エリア、関西エリア、東海エリアですね。医学部医学科でさえ、中央構造線を境にそこを越えることはほとんどありません。だから、東日本の受験生は行って金沢大学、岐阜大学、浜松医科大学まで。西日本の受験生は富山大学、信州大学、浜松医科大学ぐらいまでですね。

医学部は特徴的で、東日本では少し志望者が減っています。例えば、15年入試で東日本の国立の医学部で前年度より志願者が増えたのは東北大学と千葉大学だけなんです。あとはみんな減りました。どうしてかといえば、東日本とはいうものの、人口のほとんどが1都3県に集中しているんです。東日本でも医学部の入学定員が増えました。医師不足の解消目的です。ところが、その多くは首都圏以外の大学の地域枠に振られているので、首都圏の受験生から見たら、あまりメリットがありません。07年度の7,600人から16年度9,200人まで医学部の入学定員が1,600人ぐらい増えていますが、ほとんど地域枠といって地域の医療の枠なので、首都圏の受験生にはむしろ厳しくなっているんです。

ただし、西日本は違います。西日本で人口が多いのは京阪神エリアですが、5つの難関医学部があります。京都大学、大阪大学、神戸大学、京都府立医科大学、大阪市立大学ですが、15年度はセンター試験の理科で苦しんだ受験生の中には、結果としてこの5大学(学部)の一般入試を回避。その結果、周辺地区の滋賀、奈良、和歌山、それから四国の大学が激増しました。山陰の島根大学も増えています。西日本は大阪以西でも、神戸、岡山、広島、北九州、福岡、熊本、鹿児島など、それなりの規模の市があります。鹿児島市以外はすべて政令市ですからね。東日本のように地域枠を多く設けなくても地元周辺から学生を確保できるわけです。受験生の移動が可能だったもう一つの理由は、「意外に近い」ということです。保護者が子どもを出すのは、せいぜい車で5時間。これが、私の考えです。ちょうど保護者が夜中に車で走って朝着けるぐらいの距離なんです。

駿台教育研究所進学情報センター センター長 石原賢一氏
Profile 駿台教育研究所  進学情報センター  センター長  石原賢一

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